精神世界

こころ

らっきょうを剥く猿たちへ

自動思考の袋小路ですり減ってしまっている状況からどうやって抜け出すのか。そして、自動思考にハマっている状況を宝に変える方法をお話しします。バナナを食べているつもりのあなたが、らっきょうの皮を剥く猿であることに気付くお手伝いをする為の記事です
スピリチュアル

私の在処

人間の思考をコンピューターに移植することができるのかという疑問から、本当の『私』とは自我なのか、それともそれ以外の何かなのか。その何かと自我の関係性はどのようなものなのか。そして、その何かの在処は何処かということをまったりと考えていきます。
仏教

縁起と空は、表現の違いを超えて同一の教えである

お釈迦さまの説いた縁起と、龍樹の説いた空の教えは、同じことの表現の違いに過ぎないのではないか。そして、その表現の違いを超えて二つの教えを理解することによって、言葉を超えた仏教の真髄を理解することができるのないかということについて考えます。
こころ

罰せられざる者

罪に問われるためには、何が必要なのだろうか。人に害を与えたAIや熊が罪に問われることはない。人間に害を与えるような罪を犯しても、罰は与えられない。彼らは何故罪に問われないのだろう。彼らが罪に問えないのなら、罰を受けるために必要な要素とは何かを考える。
こころ

もう一つの世界に住む、もう一人の自分の為に

人はこの現実の世界に生まれ出るのと同時に、もう一つの世界に生まれ出ているのではないだろうか。そのもう一つの世界とは、他者と共有される神話的世界で、その世界と、他の世界のあなたは双子のように成長していく。
精神世界

私という混乱 ③

混乱する自我が、カイバリア、すなわち解脱にどう影響するのか。老師の事例を参考にしながら、統一的な統一的な私、ないしは自我の構造を見出そう試みます。
精神世界

私という混乱 ②

ユング心理学、仏教、ヒンドゥー教、混乱する私という構造から、それぞれの違いを明確化し、可能な限り、立場の違いや表現の違いを排除し、共通する部分を見出そうと試みます。
精神世界

私という混乱 ①

混乱する、私という構造を統一したい。もしくは混乱に影響されずに私を理解したい。そのために、先ずは様々な立場の説明する私の構造を、何処が混乱しているのかという観点から理解していきたいと思います。
精神世界

無と時間

無は存在するのかという疑問に対しては、明確に答えることができます。無は存在しません。何故なら、それが無の前提だからです。それなのに、なぜ無という概念が存在しなければならないのかを、今回は時間に関してお話ししたいと思います。無と時間無がなけれ...
こころ

魂のルネサンス

このブログでも何度かお話ししている岡本直人さんの主催するオンライン講座に参加してみました。今回はその内容と感想を紹介していきたいと思います。岡本直人さんに関して先ず、岡本直人さんってどんな人?って疑問に対してお答えすると、ヨーガ・インストラ...