良薬は口に苦しと言います。良く効く薬は、苦くて飲みにくいが、良く効くんだから、嫌だと思うけど無理してでも飲みなさい。転じて、自分を戒める忠告や意見は、聞くには耳に痛いが、しっかり聞いておきなさいということわざです。AIさんいわく、中国の古い古典である『孔子家訓』や『説苑』などの記述に由来しているそうです。まあ、知らない人は居ないことわざで、日常会話でも比較的良く聞きますし、良く使うのではないかと思います。
人生経験としての良薬
ただ、それが人生経験となると、苦い人生を選択する人は居なくなります。苦い人生、つまり辛い人生を徹底的に避けようとするのです。「そりゃ、そうだろ」と感じる人も多いだろうとは思います。何しろ、戒めとしての良薬は、その苦しい人生を避けるための知恵として与えられるのです。苦しい人生を良薬として受け入れているわけではありません。良薬は口に苦しと言っても、人生は甘くあって欲しいものですし、人生を甘くするために仕方なしに苦い薬を飲むのです。
しかしながら、苦い人生を甘くするのは、苦い人生そのもなのです。理由は二つあります。一つ目は、苦い人生が多くの学びをくれるということ。そして二つ目は苦しみと幸せは、相対的な関係を持つからです。先ず一つ目の苦い人生が多くの学びをくれるとはどういうことでしょうか。それは、人生における幸福な時間が、ご褒美に過ぎないからです。ご褒美をもらっているときは、その事実に満足してしまい、人生に進歩はありません。ご褒美をもらった幸福感にできるだけ浸り続けようとするだけです。しかし、その幸福感は味わい尽くされ、散々噛んだガムのように、味がしなくなりゴミ箱に捨てざるを得なくなります。
それでは苦しい人生はどうでしょうか。多くの人が苦しい状況から脱出するために、苦しい経験をしている間は必死にもがくことになります。その結果、否応なく学びが起こるのです。そして、その学びは苦しみの量に比例して価値あるものになります。以前にも例えたことがあるのですが、ドラゴンボールの悟空を思い浮かべて下さい。ピッコロ大魔王と戦って勝利した後、悟空はピッコロの力を超える力を手に入れます。それは、ピッコロの持っていた能力を手に入れるということと同じです。北斗の拳を思い浮かべてもらっても構いません(例えが古くてすみません)。レイや、シュウ、ファルコまで、戦った後、ケンシロウは彼ら以上の力を持ちます。
そして、重要なことがもう一つあります。どのストーリーでも、強敵として現れたキャラクターは、主人公に敗れた後、主人公を助ける友となるということです。実は、あなたの心の奥でも同じことが同じことが起こります。新たな困難に出会ったとき、過去に敵対した困難が、今度はあなたを助け、あなたを励まし、あなたと一緒に戦ってくれます。これは比喩ではありません。
不幸は幸福の積み立て預金
苦い人生を甘くするのは、苦い人生そのものであると言える理由の二つ目は、苦しみと幸せは相対的な関係を持つからということです。このことに関しては、このブログ内の様々な記事で触れています。そもそも、この世界のあらゆるものは、相対する二つのものの、相反する関係によって成り立っているのです。右と左、豊かさと貧しさ、男と女、陰と陽、有と無のような関係です。その関係は、お互いを否定し合う関係に感じられることでしょうし、表面的にはそのように機能しています。しかし、実際はそれだけではありません。相反する二つのものは実際には、相反する価値により接続され、それぞれの価値を担保しているのです。
例えば、右が存在し得るのは、左が存在しているからですし、男性が存在するのは、女性が存在するからです。つまり、お互いに否定し合っていたように思える二つのものは、実は一つのものであるということです。この事実を知ることで、相対関係は、お互いを高める相乗関係へ変化します。それらは、別々の二つではなく、二つで一つ、対の存在なのです。苦しい人生に限定すれば、苦しい人生と幸福な人生は、別々な二つのものではなく、二つで一つのものなのです。この事実を体験的に理解するためには、悟りが必要だと感じています。ただ、頭で理解するだけでも、十分に人生に変化をもたらせると感じています。
もっと具体的に、関係の変化を見ていきましょう。気付いてしまえば、あなたは不幸を拒否できなくなります。何故なら、不幸が幸福を存在たらしめる唯一のものだからです。お金が一億円手に入ったとか、ハンサムな彼氏が居るとかいったものは、幸福の絶対条件ではありません。一億円持っていても不幸な人は居るし、ハンサムな彼氏が居ても不幸な人は居るのです。それでは、すべての幸福な人に共通するものは何でしょうか。それは、不幸であったということです。
もしパンを買うお金もなかった人が、パンを買うお金を手に入れたなら、おそらく幸福を感じるでしょう。その金額は、百円か二百円であり、少なくとも一億円という金額ではありません。いままでの人生で、誰からも愛されたことのない人が居たとします。彼女は、特段ハンサムでなくとも、お金持ちでなくても、自分を愛してくれる人に出会えただけで幸福を感じるだろうと思います。ここで気付いて欲しいことがあります。幸福の前提は、不幸だということです。そして、不幸が大きければ大きいほど、幸福を掴むことは容易くなるのです。僕は、このことを「不幸は、幸福の積み立て預金」と呼んでいます。あなたが今不幸であるなら、あなたは将来的に幸福になることが約束されているのです。そして、その苦しみが大きければ大きいほど、将来の幸福は大きなものになるのです。
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結局、不幸や苦しみは、必ずあなたの人生に訪れます。それは苦い薬になることでしょう。出来れば避けるのではなく、無理してでも飲み込んでみてはどうでしょうか。どのみち避けることはできないのです。そして、否応なく、不幸はあなたの人生を豊かなものにしてくれることでしょう。

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