愛すべき愚者たるゾロ目さんへ

精神世界
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 僕にはぞろ目さんと呼んでいる人々がいます。ぞろ目さんは、もともと普通の人間だったのに、ある日突然ぞろ目さんへと変身してしまうのである。

 ぞろ目さんは、心配そうだったり、混乱していたり、あるいは興奮した表情で僕に近付くと、決まって「最近、ぞろ目をよく見るようになったと思わない?」って尋ねるのです。

 またかと思いながらも話を聞くと、だいたいは、今まで通りの生活の中で、今まで以上に自分がぞろ目の数字を見るようになった。そして、それは尋常じゃない頻度であると訴えるのです。

 自動車のナンバープレートの数字がぞろ目だったり、夜中に目覚めて時計を見たら2時22分だったり、もらったお釣りが333円だったりする。それが異常な頻度で起こるものだから、驚いたり、不安になったり、その変化に意味を探して、あらぬ妄想を抱き始めたりいたりもするのです。

「元カレの誕生日が11月11日だったから、その元カレに何か危険が迫っていることを、ゾロ目は暗示しているんじゃないかな。元カレに連絡したほうが良いかな?」などと真剣な顔で言い始める始末です。

 良く似た現象で、妊娠すると急に妊婦さんの数が増え始めたり、新しい自動車を買うと、買ったのと同じ車種の自動車の数が急に増え始めたように感じるということもあります。これらの現象は実は同じ心理的作用が原因で、僕はこれらの人々を、一切合切まとめて『ぞろ目さん』と呼んでいます。

 ぞろ目さん達もいちおう冷静さは保とうと努力していて、車のナンバーにぞろ目の占める割合はもともと多いし、妊娠すれば、妊婦さんのいる場所に行くことが増えるからと、客観的に考えようとはします。しかし、それを踏まえて考えた結果、『それにしても多過ぎる!』という結論に辿り着くのです。全くもって、「やれやれ」です。

 この現象には心理学的に説明できる原因があります。僕たちの観ている世界は、観ている人の無意識から影響を受けているからなんです。見ている人が無意識に強い拘りを持っていると、その影響が無意識的に意識に影響を与えてしまう。

 なんらかの原因で、無意識にぞろ目が気になってしまうと、観ている世界の中から無意識的にぞろ目を選び出してしまう。すると、ぞろ目の数が世の中に増えたように感じる。ただここで厄介なのは、ぞろ目を気にしていることも、ぞろ目を選び出しちゃってることも、本人は無意識にしていることだから気付かない。結果的には、ぞろ目が増えたって認識だけが残るのです。

 妊婦さんが増えたって実感も、自分の乗ってる車が増えたって感覚も、構造的には同じです。

 で、僕は、何故、ぞろ目が増えたように感じるかを、丁寧に説明するんだけど、なかなか当の本人には納得してもらえません。多分、無意識が常に自分に影響を与えてるって事実が、実感としてつかみ辛いのだと思います。「えー、そうなのかなー」と、納得いかない気持ちを燻らせながら立ち去っていくのです。

 そんな彼女達(何故だか女性が多い)を、残念な気持ちで見送るのです。もしかすると、それは認識の罠から自由になれるチャンスかも知れないからです。ゾロ目さん達に限らす、僕達の認識は、無意識の内に、無意識によって歪められてしまっているのです。

 僕達はあるがままに世界を認識している訳ではありません。そうであるにも関わらず、僕達はあるがままに世界を認識していると思い込んでいるのです。

 そして、誰かは僕達に向かって言うのです。

「世の中、そうれが当たり前だろう」って。

 そして、僕らは僕達に向かって言うのです。

「世の中、これが当たり前だろう」って。

 そんな認識ははなから歪められちゃってるんだよ。そんなものに縛られず自由になりなよ。今がその仕組みに気づけるチャンスなんだよって、僕は思うのです。愛すべき愚者であるゾロ目さん達は、その気付きに隣接する、わずかな手前にきっと佇んでるんですよね。

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