龍族の者に告ぐ

精神世界

龍の前世を持つ人々

 僕はスピリチュアルな友人が多い。

 スピリチュアルな人って言うのは、精神世界のことや神秘的なことに対して、学術的であったり伝統的であったりというのではなく、もっと胡散臭いアプローチをする人々のことです。

 ある時、友人たちの間で不思議な現象が起こり始めた。複数の友人から、良く似た内容の相談というか、告白を聞かされるようになったのです。

 その内容って言うのは、

「あたしは、前世で龍使いをしていた」とか

「前世では、黒龍で火を吐き町を壊し、多くの人を殺めた」とか

「自分は白龍で、地球を救うために戦った」などです。

 人によって度合いはあるものの、多くの友人がそれを事実として確信しているようでした。一般的な人からすれば『前世?』ってところからのスタートかと思いますが、そこは僕もスピリチュアルな人との付き合いも多いのでスルーして、核心へ踏み込んでいきます。

「前世にしても、龍なんて居ないし、龍使いも存在しない。そんな妄想に囚われるのは愚かで危険だ」って忠告しました。しかしながら、僕の忠告は聞き入れられず、そこから論争の勃発です。

 結局、論争は結論に至らず、可哀想の人だねって哀れみの目で見られて終了です。哀れみの目で見られたのは僕の方なんですよね。すごく納得いかないけど、スピリチュアルな人と論争になると、だいたい上から見下されて終了します。

 まあそれはそれで良いとして、やはり放ってもおけずに別な友人に相談しました。状況を説明し終えると、哀れみのこもった眼差しと共に、彼女はこう言ったのです。

「あたしの前世では、金龍だったから……」

 気付けば、僕は龍の一族に取り囲まれてしまっていたのでした。

霊能力者の出現

 いつの間にか、自分の知り合い達が、人間から龍に変わっていたのです。厳密に言えば、自分はただの人間であるというアイデンティティーから、龍の前世を持つ人間であるというアイデンティティーへと入れ替わっていたのです。そして、それは極短い期間に起ったことです。

 もちろん、それが馬鹿な勘違いの妄想であるということは理解していましたが、複数の人間が、それも同時に、同じ妄想を抱くということに不思議さを感じました。

 スピリチュアル界隈で、特に女性が、自分は特別な何者かであると言い出すことは、実は良くあることです。例えば、自分は霊能者であったり、霊的に新しい時代に生きる存在であったりです。妄想に囚われやすいというのか、妄想と共存する方法を知っているというのか。子供のままごと遊びで、お母さんを演じてみたり、シンデレラと自分を重ね合わせてみたりと同じ行為を、無意識的に大人になっても演じて遊んでいるような感じです。

 だいたい放っておけば熱が冷めて、その様なことがあったことすら忘れてしまうのですが、今回は規模が大きく、身近な人間に起こり、僕も巻き込まれてしまっていたので、もう少し調べてみることにしました。

 聞き取りを中心に探っていった結果、その集団で抱いている妄想の中心には一人の霊能者がいることが分かりました。割と若い男性の自称霊能者でしたが、その人物が有料のセッションで霊視し、友達達の抱いた妄想の内容を告げていたのです。僕の周囲の人々が次々と妄想を抱いたのは、その人間関係の中に、その自称霊能力者の男性と繋がりがあり、仲介役のようなことをしていた女性がいたからでした。

 結果から言うと、その自称霊能者の詐欺紛い行為や、不道徳な行為が明るみに出て、僕の友達達はその男の元から、潮が引くように去っていったのです。

 ただ、その後もその男は、自分の妄想を広めることに必死でした。その妄想は、詐欺や不道徳行為を働くための道具ではなく、自称霊能者の男にとってはもう一つの現実だったのだと思います。人に妄想を信じ込ませることによって、自分自身にも自らの妄想を確信させようとしたのかも知れません。その男は何らかの精神の病気だったのだろうと思います。

 友達がその男の元を去ったことで問題は解決したのですが、僕はもうしばらくその男のことを調べてみることにしました。その男が何故、そのような妄想を抱き、自分が霊能力を持つと確信するようになったかの経緯を知りたかったからです。

龍族の者と、戦士症候群

 その男が、何故、自分が霊能力者だと信じ、龍の妄想を抱くようになったのかを、僕は調べていきました。

 自分が霊能力者であると言うことに関しては、霊能力者でありたいと思ったからと言う他ないようでした。どうやら彼は、自分がこうでありたいと感じたことを妄想で叶え、信じ込める体質のようでした。そして、この体質が病的で、すべての出来事の原因になっていました。体質については、それ以上知る必要はないだろうと感じました。

 ただ、龍の妄想を持つようになった切っ掛けに関しては、まだ知ることができそうでした。僕は、彼の書いていたブログの過去記事を探りました。その中で、ある漫画作品が彼の妄想に強い影響を与えていることが分かってきたのです。その作品は、日渡早紀さんの描いた『ぼくの地球を守って』という作品でした。

 もしかすると、この『ぼくの地球を守って』という作品名にピンとくる人も居るかも知れません。この作品は、戦士症候群という現象にヒントを得て生まれた作品として有名なのです。

 戦士症候群とは、1980年代に、オカルト雑誌の『ムー』と『トワイライトゾーン』の読者投稿欄で起こった現象です。当時は、インターネットやSNSもない時代で、同好の友達を探すのはペンフレンド募集に投稿することで行われていました。

 もちろん、それまではオカルト好きのペンフレンドを募集する投稿が掲載されていたのですが、ある時期から特殊な投稿が増え始めたのです。その投稿とは、例えば『リュカ、ティナ、レイラという名前に聞き覚えのある方は連絡下さい。自分はドゥウェルと言います。前世での大戦で一緒に戦った仲間を探しています。目覚めてください。決戦は迫っています』というような内容です。要は、自分は戦士で、前世で戦った仲間の戦士を探し、今世でも一緒に戦おうと呼び掛けるパターンです。

 最初は一部だった投稿は、最終的には投稿欄のすべてを埋め尽くし、そのことに危機感を感じた雑誌側は投稿を排除し、トワイライトゾーンに関しては雑誌自体が廃刊してしまったそうです。

 彼らは妄想の中で、自己顕示欲を満たし、自己肯定感、そして連帯感を得たのでしょう。そして、一連の妄想は、集団を形成することによってより強固なものとなっていったに違いありません。本当に驚くべきことは、そのような妄想を抱くという現象が、一過性のものではなかったということです。

 確かに、雑誌の読者投稿コーナーの廃止、雑誌自体の廃刊により、戦士症候群と呼ばれた彼らは消滅したはずでした。しかし彼らを突き動かした衝動は潰えることなく、インターネットの世界、それも多くはSNSの物陰に若干形式を変えて存在し続けていたのです。そして、ある時、僕の周囲に噴出しただけなのです。更に調べれば、龍使いのための光の杖なども、全く別の人により販売されていました。

 今となっては、自分のことを前世では龍だったと信じた彼らを責めるつもりも馬鹿にするつもりもありません(彼らをそそのかした自称霊能力者の男性のことは許していませんが)。戦士症候群と呼ばれた彼らも、龍の生まれ変わりと信じた友人達も、止むに止まれぬ衝動に突き動かされていたんだと思います。

 その経験を踏まえて、僕は人間には現実の生活以外に、違う世界線での生活が必要なのではないかと思っています。つまり、現実とは違う、ある種のストーリーに属する必要があるのではないかと思っています。きっと、そのストーリーの最たるものが宗教であり、宗教の内包する神話なのではないかと考えているのです。

 ただ、現代では、その宗教が十分に機能していないから、彼らは自発的にもう一つの世界線でのストーリーを生み出そうとしたのかも知れません。僕の友人に起こった現象や、戦士症候群と言う現象は、より確かで本質的な人生を必死に掴み取ろうとする試みだったのかも知れません。

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