『君たちはどう生きるか』を、どう読むか 2

精神世界

※この記事は物語の時系列に沿って進んでいきます。まだ読んでない方はこちらからお読み下さい。

 上の世界から、下の世界の波打ち際に、眞人はゆっくりと降り立ちます。そこは海に浮かぶ小島のような場所でした。眞人は金属でできた立派な門と、その奥にある石でできた巨大な墓を発見します。その門には『ワレヲ學ブ者ハ死ス』という言葉が刻まれていました。程なく、ペリカンの群れが眞人を襲い、門の中へ押し込んでしまいます。

 ちょうど近くの海上を航海していたキリコが、誰かが墓所に立ち入りペリカンに襲われていることに気付き助けに向かいます。キリコは先端から火の出る鞭でペリカンを追い払います。この時点では眞人は気付いていませんし、キリコ自身は最後まで気付くことはありませんが、キリコは眞人と一緒に下の世界に沈んだキリコ婆さんと同一人物です。

 ちなみに、上の世界から下の世界を訪れ、完全に同一のキャラクターを引き継いでいるのは、眞人と青サギだけです。この物語が眞人のための物語であること、青サギが両側の世界に存在するトリックスターとして超越的立場にいるからでしょう。

 その後、キリコは自分と眞人の周りに鞭を使って結界を張ると呪文を唱え、墓から目を逸らさず、後退りでその場を立ち去ることを指示します。

『ワレヲ學ブ者ハ死ス』という言葉に関する考察

 ここで少し『ワレヲ學ブ者ハ死ス』という言葉と、その墓に葬られている『墓の主』に関して考察してみたいと思います。

 注目したいところは、墓の主から身を守るために先端から火の出る鞭を使って結界を張ったところです。そもそも眞人は門を破ったことで危機に陥っています。門の内側は墓の主の領域で、墓の主の力の及ぶ場所なのです。キリコは鞭を使って周囲に円形の結界を描きます。円を描くことで、そこに内と外が生まれます。キリコと眞人が内側にいる以上、内側が自、外側が他と言えると思います。つまり、結界によって自分と他人を明確に分けたのです。

 それでは、墓の主とは何でしょう。荘厳な門に囲まれた墓は巨大です。そして、それが墓である以上、墓の主は既に死んだ過去の存在です。それは権威的でもあります。僕は、墓の主を、過去に存在した権威的存在、特に宗教指導者と考えます。我を学ぶという意味は、彼らの伝えた教えを学ぶということではないしょうか。それは彼らの権威に同化し、自分を失うことに等しい行為です。つまり、自主性の死と言えるかも知れません。

 そして、彼らの見出した教えは、過去の成功体験とも言い換えることができます。ただ、眞人は頭に傷を付け、過去の自分を振り払い、一人、未知の問題と立ち向かう覚悟を決めているのです。過去を繰り返しているだけでは問題は解決しないばかりか、冒険は停滞に捕まります。それは冒険者の死と言えるかも知れません。自分の力で進むべき道を見付け出したときこそ、誰も訪れたことのない到達点に辿り着くことができるのです。そして、これこそが冒険者が英雄である証でもあります。

眞人という名前に関する考察 

 キリコは結界を描き眞人と墓の主を切り離します。どうやら、下の世界では他者との同化が、比較的簡単に起こってしまうのかも知れません。後のシーンで、キリコの家のテーブルの下で、眠っている眞人の周りには、上の世界で眞人の面倒を見てくれていた、おばあさん達の人形が置かれています。眞人を取り巻く人形達はある種の結界と言っても良いのかも知れません。僕は先に、下の世界は無意識の世界だと言いました。そうだとすれば、眞人は無意識の世界に浮かぶ自我です。自我は無意識の世界で様々な個人的コンプレックスや元型的コンプレックスの影響を受けます。それは時として、精神病的危機の原因となります。おばあさん達の人形はそういった危機から眞人を守っていてくれたのかも知れません。

 墓の主から十分な距離を取り、安全を確保した後、キリコは眞人に名前を聞きます。名前を聞いたキリコは、その名前に関して「マコトの人か。死の臭いがプンプンするねぇ」と言います。これはどういう意味でしょう。それは眞人の名前が、真実の人、ないしは真理の人を表しているからではないでしょうか。真理を探すものは、自ら無意識の世界に満ちる危険の中に飛び込まなくてはならないのです。墓の主人もそういった過程で命を落としたのかも知れません。

 あと、話は逸れるのですが同じシーンで、風切りの七番で作った矢羽根を拾い「青サギか、どうりでペリカン達が食えないはずだ」と言います。つまり、青サギ、ないしは青サギの風切りの七番の羽根が、ペリカン達に眞人が食われてしまうのを防いだのです。それは、青サギがどれほど超越的で特別な力を持っているかということを表しています。青サギがなぜ超越的で特別かを後で説明すると書きましたが、このエピソードを踏まえて更に後で説明します

傷と悪意に関する考察

 キリコの帆船に乗った眞人は、キリコの漁を手伝います。ここで、頭に付けた傷の意味を理解する上で重要なヒントが示されます。キリコにも同じ傷があるのです。そしてそれは、単なる形や場所が同じではなく意味として同じであると語られます。つまり、キリコの傷を理解できれば、眞人の傷の意味も理解できるのです。

 キリコはその傷が付いた理由を「沼頭にやられた」と言っています。おそらく沼頭とは、その海の主のような存在で、キリコにとっては強敵だったのでしょう。そして、直ぐに「食ってやったがな!」とも言います。つまり、それはキリコが食べることによって生きていこうとし、生き物を殺めた結果付いた傷だと言えます。下の世界では、生きている者と、死んでいる者が混在して生きています。そして、死んでいる者は、生きている者を殺めることができないということも、キリコによって語られます。

 ワラワラは生まれる前の人間の魂ですから生きていませんし、半透明の影のような者も生きてはいません。その二者はキリコから食べ物を貰うだけの受動的な存在です。生きるという行為を能動的に行える者だけが殺生を行え、その結果キリコは傷を負うのです。ここで振り返ってもらいたいのですが、眞人が傷を追ったのは、自分の意志で敵に立ち向かおうとした時です。能動的に自分の人生を生きようと決心した時に、その傷は付きました。つまり、自らの意思により生きるという行為自体が傷の意味ということになります。

 ただ、更に後半で、より具体的に傷の意味が語られます。大叔父と対面した眞人が、「この傷は僕の悪意だ」と言うのです。つまり、傷=悪意なのです。傷=能動的に生きることという仮定は崩れることになるのです。しかし、その一見間違っている等式を成り立たせる解釈があります。a=bb=cなら、a=cであるということです。それを理解するヒントがワラワラを襲って食べたことにより、ヒミからの攻撃を受け傷付き、死のうとしているペリカンの言葉にあります。

 傷付き死のうとしているペリカンを、眞人は「何故、ワラワラを食べるんだ」と言って責めます。それに対して、ペリカンは下の世界には十分な食糧がなく、本当は食べたくもないワラワラを食べない訳には行かないことを告げます。そして、それは『仕方ない』ことなのです。この『仕方ない』という感覚は、ヒミがペリカンを追い払ったとき、追い払うための火によって一部のワラワラまでも焼かれてしまった時にも現れます。ワラワラが焼かれたことを嘆く眞人に、キリコは一部の犠牲があったからこそワラワラが全滅しなかったことをさとし、犠牲になったワラワラの死を『仕方ない』ことと受け入れます。

 この『仕方ない』という感覚は、避けようのないという意味です。この世界は、二面性によって成り立っています。例え一つの現象であっても、見る者が違えば違った結果が見えてきます。それは二面性を超え、二元性と言っても良いかも知れません。幸せであるということは、不幸であるということのもう一つの姿ですし、正義は悪のもう一つの姿です。戦争もそうです。一つの戦争は誰かにとっては悪で、別の誰かにとっては正義です。戦争の終結は、誰かにとっては勝利で、別の誰かにとっては敗戦です。それはつまり『仕方ない』ことで避けようのないことなのです。

 この見る者の違いによる二面性を、上手く象徴していると思える部分があります。それは、眞人が付けた傷の位置です。傷は眞人の側頭部にあります。転んで怪我をしたという言い訳をしたいのなら、額に付けても良いし、後ろ向きに転んだのなら後頭部につけても良いはずです。キリコの傷も側頭部の同じ位置にあります。偶然とは思えません。その位置にも意図があると考えるべきでしょう。

 もし、左右に人の並ぶ道の真ん中を眞人が歩いたとしたらどうでしょうか。右側に並ぶ人は傷のある眞人を見るでしょうし、左側の人は傷のない眞人の姿を見るでしょう。そして、その傷は眞人の悪意です。右側の人は悪意のある少年を見て、左側の人は悪意のない少年を見るのです。同じ時に、同じ人物を見てもこれだけ結果は違ってしまうのです。

 ペリカンがそうであったように、ペリカンの生は、ワラワラの死を意味します。残ったワラワラの生は、残れなかったワラワラの死なのです。つまり、避けようのない、仕方のないことなのです。つまり生きようとすることは、誰かの犠牲を伴います。そして、それが自らの意思ならば、すなわち悪意と言えるのです。その後、眞人はペリカンの遺体を埋葬します。それは、自らの心にその事実を刻み、『しょうがないこと』として受けいれる行為を儀式的に象徴しているのだと思います。ここで『自らの意思によって生きようとすること=悪意』という等式が成り立ったのをご理解いただけましたでしょうか。

 それから、二元性に関しては、出来れば覚えておいて下さい。後で13個の積み木の考察をする際に、もう一度出てきます。

3へ続く

 

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