精神世界

仏教

仏教という勘違い① 諸行無常

仏教の教えは、ある意味間違っている、ないしは少なくとも勘違いされていると、僕は考えています。ある意味と書いたのは、仏教のすべてを間違いであると言うではなく、教えの一部分に対する解釈に関して、勘違いがあるということです。しかしながら、その教え...
こころ

虚構の向こう側の世界④ 生命の木の実

それでは、『虚構の向こう側の世界③ 善悪の知恵の木の実』で考えたように、イエス・キリストの助けを借りず、あるいはイエスの十字架の刑が象徴する方法を使って、善悪の知恵の木の実を食べたことの罰から逃れることはできるのでしょうか。その表現は、すべ...
こころ

虚構の向こう側の世界③ 善悪の知恵の木の実

人類の構築してきた世界のすべては、虚構からできていると言っても過言ではないと思います。個人的な意見としては、目の前に広がる事実、山や、空、大地にしても、直接体験ではなく、概念や観念という認識を通じて受け入れている以上、それらは虚構といえるの...
こころ

虚構の向こう側の世界② 拡大する虚構

前回の記事、『虚構の向こう側の世界① 認知革命』では、虚構と呼ばれる抽象概念とは一体どういった概念か、社会集団、文明を構築するのに絞って見ていきたいと書きました。ここからは、イマジネーションと直感を使って、記事を読んで頂くことになります。肥...
こころ

虚構の向こう側の世界① 認識革命

人類は猿から進化したと言われています。それでは、猿と人間はどこが違うのでしょうか。人間と猿(チンパンジー)の遺伝子は非常に似ており、DNAの塩基配列の約98.7%が一致しているとされています。違いはわずか1.3パーセントに過ぎません。そのわ...
こころ

◯ と ✕

◯と✕の象徴的意味について、少し考えてみたいと思います。『えっ? マルは正解、バツは不正解でしょ?』と思われるかと思いますが、それだけではないのです。象徴的意味を掘り下げていけば、違った意味を読み取ることができるのではないかと思うのです。た...
無から有は生じるか

無から有は生じるか⑦ -無の力-

存在と無に関しては、このブログの中でも多くの記事で語っています。例えば、『無から有は生じるか』という一連の記事です。6記事で構成される長い記事ですが、言いたいことは大概盛り込めたつもりです。ぜひ目を通して頂ければ幸いです。この記事は、『無か...
こころ

何のために人は宗教を信仰するのかという疑問への弁明

この間、友人と新興宗教の建物を見学に行ったとき、「何を目的に、人は宗教を信仰するのだろう」という話になりました。僕は、「自己の永遠性を求めて信仰をする」と答え、友人は「現実の生活における利益を求めて信仰する」と答えました。僕に言わせれば『そ...
こころ

何をもって、私は存在を証明するのか?

この記事は、『私とは何か?』からの続きになります。よろしければ、そちらも併せてお読み下さい。不十分な何か前回の記事で、『虚無の混沌から、存在を成り立たせる必然が私であると言える』と締め括りました。カッコ良さに全振りしたような表現ですが、間違...
こころ

『私』とは何か?

この記事は、一つ前の記事『哲学的ゾンビ と クオリア』の関連記事になります。あくまでも関連記事であり、続きという訳ではないのですが、よろしければそちらの方も読んでやって下さい。 注・写真と本文は全く関係ありません。まあ、箸休めです。肯定のた...