プロフィール

 プロフィールを作るにあたって

 プロフィールで自己紹介をするにあたって、問題が生じます。つまり、僕は客観的に観た自分を知らないということです。主観的で独り善がりな自己紹介をされても、誰かが僕を理解するため手助けには、それほどならないと思うのです。そういう訳で、リアルでお付き合いのある複数の友人に、「僕ってどんな人?」というアンケートを採ってみることにしました。 そのアンケートの回答を元に、自己紹介をすれば非常に客観的な洞察を、僕という個人を知りたいと思ってくれる奇特な方に、お伝えすることができるのではないかと考えたのです。 

 自己紹介は、より客観性を重視するため、アンケート結果を絶対視することをルールとします。 なお、アンケートの集計方法は、一番目の人に「僕ってどんな人?」という質問に答えてもらい、二番目の人にその答えに対して同意できるかどうかを答えてもらう。その後、二番目の人にも「僕ってどんな人?」っていう質問に答えて貰い、その答えを、一番目の人に戻って同意できるか答えてもらう。そして、最後の人まで同じことを繰り返すという方法を採用しました。 つまり、概ねすべての人が「僕ってどんな人?」という質問に答え、他人が答えた答えにも同意できるかを答えてもらいました。解答を得られた人数は、12人です。かなり正確な結果が得られていると思うのですが、その結果は以下に提示します。 

 アンケート結果

 ・猫=25% 

 ・ミュージシャンのプリンス=42% 

 ・ベトナムっぽい。ベトナム戦争経験者っぽい=58% 

 ・仕事ができる=75% 

 ・ゲームができない=25% 

 ・バイセクシャルでアブノーマル(間違いです。性的にはノーマルです)=58% 

 ・ナルシスト、自分のことが大好き=75% 

 ・知識が豊富=83% 

 ・物事を追求する。答えを探す=75% 

 ・宗教っぽい。教祖様っぽい=83% 

 ・優しい=83% 

 という結果が出ました。巫山戯るなって、腹立たしく思わなくもないのですが、ルールはルールなのでこの結果を基に、自己紹介をしてみたいと思います。パーセンテージで示されている数字は、12人の中でそれだけの割合の人がそう感じたということです。自己紹介文の中では、指し示されているパーセンテージの分だけ、断定的な表現を使うこととします。 

 名も無き者のプロフィール

 あの頃、俺は毎朝、ナーパムの臭いで目を覚ました。米軍ヘリのローターが熱帯の分厚い大気を切り刻む音が、遠くに聞こえる。 

 俺の名前は、カツミ。コードネームをCAT-MANと呼ばれていた。別に猫に似ているからという訳じゃない。今なら、俺がミュージシャンのプリンスに似ていて、彼がバットマンという映画のサンドトラックを担当していたから、それを少し捻ったという無理矢理な説明も可能かも知れない。どうやら俺がプリンスに似ていることは、猫に似ているよりは確実なことらしかった。しかし、記憶は50年以上前のものなのだ。それは、プリンスの父親がまだ童貞の頃の話だ。おそらく、気の狂った上官が、ふざけてそんなコードネームを付けたのだろう。 

 実際、戦争は人を簡単に狂気にさせる。ベトナム戦争という残虐の袋小路で、いったいどれだけの者が正気を保てていたのだろうか。俺を含めた全員が、多かれ少なかれ、狂気の直中に居るからこそ、人間に対して銃口を向け続けることができたのだ。 

 それは、たとえ過ぎ去った記憶の出来事だとしても、目を背けずにはいられないものだった。一番の忌まわしい問題は、俺が誰よりも仕事が出来たということだった。誰よりも優秀な兵士は、誰よりも多くの敗者を生み出し、屍の山を築くということなのだ。俺にゲームなどできる訳がない。常に真剣な態度で、俺は殺戮という仕事に没頭するのだ。 

 そんな俺の態度に、戦友達の中には、バイセクシャルの変態だと陰口を叩く者も多かった。それ程俺の戦い振りは、常軌を逸していたのだろう。そして、それを違うと否定するつもりもなかった。常識外れの行為は、数え切れないほどやってきたのも事実だ。ただ、奴らがそう言った動機は、仕事に関して俺が優秀であるということへの嫉妬だった。 

 俺がその戦争で戦い続けられた本当の理由は、無論奴らに対する反抗心ではない。俺は、ナルシストだったのだ。戦ってさへいれば、俺の心は満たされることができた。自分が誰よりも優秀であることが実感でき、自分が必要とされていることを明確に理解することが出来る。存在の希薄感は取り払われ、俺は安堵の中で自分を愛することが出来たのだった。 

  しかし、戦いにはいつか必ず終わりが訪れる。 

 長かった戦争が終わり米軍が撤退した後、勝利に歓喜する群衆の中で、俺は地面に崩れ落ちるのだった。密林の塹壕から這い出してきた彼らとは逆に、俺は深い森の中へと潜っていった。その時の俺は、自分という存在の不確実感を埋めようとしていたのだ。戦争が終わり、戦うことで存在を証明できなくなった俺は、空虚を埋め合わせることのできる何かを、探さずにはいられなくなったのだ。 

 幸い、俺には仕事が出来るということ以上に、人並み外れた膨大な知識と、答えを探し物事を追求するという類い希なる資質が備わっていたのだ。 

 そして、何年もの間、俺は森の中で過ごした。どれ程の間、そうしていたのかは分からなかった。混沌とした心の密林の奥を、俺はただ彷徨い続けたのだ。随分長い時間、無時間の混沌の中を俺は迷い続けた。その間に、俺は痩せ細り、髪と髭は伸び放題に伸び、服は擦り切れ、苦行僧のような姿に様相は変わった。事実、多くの近隣の村人が、俺に向かって祈りを捧げ、施しを与えた。彼らには俺が徳の高い宗教家のように見えたのだ。そして、彼らの感じた感覚は、あながち間違ってはいなかったのかも知れない。 

 確かに、真理を知るといういう意味に於いて、俺は教祖だ。 

 更に月日が流れたある日、俺は不意にそれと出会った。それが何であるのかを語るような無粋なことは止めにしよう。ただ、それに出会った後、俺の戦いが終わっていることに、俺は気付いた。世界に満ちていた、あらゆる戦が終わってしまっていることにも同様に気付いた。そして、俺にとっての戦い、つまり対立物の中でしか確認できないと思っていたことすべてが幻であったことを知ったのだった。何もないということを知ったとき、俺は森を後にし、幻の世界へもう一度踏み出すのだった。 

 そして、そこにも何もなかった。ただ、何もないものへの優しさに俺は包まれている。この幻想の世界に、あえて俺の優しさを置き忘れようと思う。それは名も無き者の置き土産のように。 

                   ※ 

 こんな僕ですが、これからもどうかよろしくお願いします。 

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