『君たちはどう生きるか』を、どう読むか 1

精神世界

 宮崎駿監督作品、『君たちはどう生きるか』を観てきました。ここでは、あくまでも個人的な考察をしてみたいと思います。もちろんですけど、完全にネタバレします。まだ観ていない人は、観てからもう一度、ここを訪問してください。とても素晴らしい映画でした。

 火事で母を亡くした眞人は、母の実家のある田舎に疎開していきます。駅に着いた眞人は父の再婚相手であり、死んだ母の妹である夏子に出迎えられます。その時、夏子は既に眞人の弟か妹になる赤ちゃんを妊娠していました。夏子に連れられ、実家の豪邸に着いた眞人の側を、何処からともなく飛来した青サギがかすめ飛んでいくのでした。それから幾度となく、青サギは眞人を不吉に誘惑します。これは英雄の冒険では良くあるパターンです。英雄である主人公は、何者かに誘われるように冒険に旅立つのです。

 一人で青サギを追いかけた結果、眞人は洋風の塔を発見します。ここで純和風な母屋の建築様式と洋風である塔はある種対比的に描かれています。母屋は日常生活が営まれる場所で、塔は冒険の行われる異世界です。そして、青サギはその異世界に眞人を誘う存在です。ここでもう少し青サギについて考察をしてみます。

青サギに関する考察

 青サギは物語の中で、日常の世界と塔の内部の異世界、その両方の世界に唯一跨って暮らすことのできる存在です。ただ、元々は異世界に属する存在だと言えると思います。眞人が木刀で戦いを挑んだ時はまるで効果を発揮せず、木刀は青サギによって噛み砕かれてしまいます(現実には噛み砕かれておらず、後にクローゼットの中に元通り収められています。ただ、眞人が木刀を手に取ると、それは青サギに噛み砕かれたのと同様に砕け散ります)。

 塔に入ってから『風切りの七番』という抜け落ちた青サギ自身の羽を矢羽根に使った矢は、見事青サギにダメージを与えることに成功します。現実の世界の力ではダメなのです。異世界の力の含まれたものでなくては、異世界のものに影響を与えることができません。

 あと『風切りの七番』と呼ばれる羽根は、青サギの弱点になっています。この弱点を握ることで、眞人は一時期青サギに協力を強いることに成功します。「なぜ、俺の弱点が風切りの七番であることを知った」と言う青サギに、「今知った」と無愛想に答える眞人との遣り取りは二人の関係性を良く表現し、自分の弱点を自分で相手に教えてしまう青サギの愚かさをよく表現しています。

 そして、青サギの愚かさは感覚的に知恵をもたらす、トリックスターとしての役割を果たしてくれます。異世界は、異世界を司る不条理な論理の働きによって動いているのです。異世界を司る不条理な力と理論の存在を教えてくれます。その異世界の理論を、こちらの世界の理論で読み解こうとする必要はあまりないのかも知れません。不条理な理論が、不条理なまま機能しているということが重要なのです。

 青サギは元々異世界に属する存在ですが、現状ではどちらの世界にも属する、ある意味中途半端な存在です。青サギは、何度も鳥の姿であったり、人間の姿だったり、その中間であったりします。どちらに属するものであるのか、はっきりすることはありません。どちらか二つに切り分けることができない存在なのです。その割り切れなさを象徴するのが、『風切りの七番』の『7』という数字なのかも知れません。このことに関しては後でもう一度説明します

 そして、どっちつかずであり、どちらにも属する青サギの特徴は、ラスト近くの崩壊する塔から脱出するシーンでも見ることができます。青サギ以外の者は皆、魔法が解けたように変化します。人間は塔の中での記憶をなくし、人間の形をしていたインコ達はただのセキセイインコになります。ペリカンも姿は変わっていませんが、話もできないただの鳥に戻っていることでしょう。しかし、青サギだけは、自分の意志で青サギに変わるまではサギ男の姿のままで、言葉を喋り塔の中での記憶を保っています。これもやはり、青サギだけは、どちらの世界にも属す中途半端で割り切れない存在だからだと言えると思います。ある意味、青サギが物語の中で最も超越した存在かも知れないです。

下の世界の考察

 時系列は前後しますが、疎開してきたばかりの眞人は自分を取り囲む環境を受け入れ、向き合うことができていません。母に関しては死んだという知識を得ただけで実際に納得したわけではないし、新しい母の夏子は一見眞人を歓迎してくれているように見えますが、その実膨らんだ自分のお腹を眞人に触らせ本当の子供が誰なのかを突き付けてくるようです。眞人を愛してくれているはずの父・勝一は、物質的な援助は惜しみなく与えてくれますが、実際の愛情は夏子の方に向いてしまっています。勝一の履き違えた愛情により、眞人は学校に馴染むこともできません。

 勝一の工作により勤労奉仕をせずに帰る眞人は、勤労奉仕に駆り出されている同級生と喧嘩になります。喧嘩の勝敗は分かりませんが、喧嘩の後眞人は落ちていた石で自分の側頭部を傷付けます。この傷は物語全体を通して、とても重要な役割を果たします。ただ、傷に関する考察はさておき、この傷をつけた後、眞人の態度は変化します。それまでは、あらゆる事に受動的だったのが、傷を付けてからは積極的に自らの意思で行動するようになります。病床の眞人は、屋根の上を歩く青サギの足音に気付くと、『吸い飲み』の水をグッと飲み干し窓の外を強い眼差しで見据えます。決着を付けるための強い意志を感じさせる眼差しです。それ以降、眞人は青サギと戦うための準備を始めます。この時作る武器が、『風切りの七番』を矢羽根に使った弓矢です。

 それから、眞人は二度石の塔に侵入することを試みます。一度目は青サギの後を追って、二度目は行方が不明になった夏子を追ってです。ただ、一度目は侵入に失敗します。埋めて塞がれていたはずの入り口から侵入しようとしますが、階段と天井の隙間が狭く入ることができません。土砂に埋められていたから入れなかったと考えがちですが、支えるのは土砂と天井ではなく、アーチ状の天井と石の階段の隙間です。元々、通れるようには作られていなかったのです。ただ、過去には通れていたはずですから、その時の眞人はまだ塔に侵入するだけの準備ができていなかった。つまり、塔によって侵入を許されていなかったと考えるべきでしょう。

 二度目の侵入は塔の正面の入り口からの侵入で、この時はトンネル状の通路の照明が案内するように灯され、塔の方から眞人を導き入れようとしているようにも思えます。一度目の侵入と二度目の侵入との間にある違いは、石で頭に傷を付け、血を流した後変化した、決着を付けようとする眞人の意志です。眞人は引き止めようとする老婆・キリコから「夏子さんのことを嫌いなくせに」と事実を突き付けられてもたじろぎません。それは迷いのない、眞人の本心からの行動だからです。そして、青サギとの戦いの後、眞人とキリコ婆さんは上の世界から、下の世界へ沈んでいきます。下の世界とは、心のより深い世界で深層心理や無意識の領域です。比較神話学者のジョーゼフ・キャンベルは、神話は無意識の領域から湧き出してくると言いました。つまり、英雄の冒険の旅は神話的次元へ移行していくこととなります。

2へ続く

 

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