富貴へ、ようこそ

旅行記

 僕は高野山が好きなのですが、その高野山の山麓に富貴という集落があります。そして、この富貴という集落のことも、高野山に負けず劣らず大好きなのです。では、その富貴がなぜ好きなのか、つまり、今回は、富貴という集落の素晴らしさに付いてお話ししていきたいと思います。

富貴の基本情報

 富貴の素晴らしさを語る前に、富貴の基本情報を記しておきます。和歌山県高野町の東端、奈良県五條市との県境に位置しています。どれほどギリギリの位置かと言うと、市街地に向かって富貴という集落から出るためには、県境を越えて奈良県に行かなければなりません。和歌山県にありながら、奈良県にしか出れないのです。ちなみに高野山には奈良県を通らなくても出れますが、お寺ですから市街地ではないですね。

 富貴の地図を載せておきます。富貴は標高600メートルの山間の盆地にあり、東富貴と西富貴に分かれていて、合わせた人口は現在300人ぐらい。三十年程前はもっと人口が多く、商店なども繁盛しており、最盛期には千人を超えていたそうです。集落の建物の多くは、集落を貫く街道の両側に建っています。これは、富貴が高野山参拝、ないしは熊野詣の宿場として発展したことに由来しています。つまり、集落の経済は、富貴街道と呼ばれる、その道路を歩く参拝客に依存していたのです。富貴から高野山までは二十キロ程度ですから、高低差のあることを考慮しても徒歩一日で着くことができます。当時、高野山に着く前の最後の宿場として、この街並みは期待感と高揚感に溢れていたのだろうと想います。

 それでは、現代において当時の面影は見る影もないのかというと、そうでもありません。どうやら、当時の宿場町としての趣きを取り戻そうと努力されている方々がいて、調べたところ三軒のゲストハウスが存在するようです。何度目かの高野山参拝で宿坊にも飽きたら、趣向を変えて一度富貴のゲストハウスに泊まってみるのも良いかも知れません。

 ちなみに富貴から高野山までのバスはありません。もし、富貴で宿泊の後、高野山に向かうのであればゲストハウスの人に送迎を頼んでみて下さい。しかしながら、富貴に行くまでもなかなか困難です。公共交通機関なら、イオン五條店にある五條バスセンターから『夢たまご・ハイランドタクシー』というバスに乗ることになります。しかしながら、本数が少なくなかなかこれも厄介です。

 平日は一日4本、土日祝で2本となります。計画的に行動しないと、一本乗り過ごした時のダメージは取り戻すことはできません。

 ちなみに、この時刻表は成金というバス停のものです。成金というのは東富貴にある地区の名称で、そこにあるバス停が成金バス停で、このバス停で写真を撮ると成金に成れるパワースポットと言われています。

成金バス停

 成金という名前もそうですが、富貴という名前自体が、富=豊かで満ち足りた財力、貴=尊いという意味で、非常に豊かで発達した土地であったことが想像されます。

富貴の程良さ

 富貴はもちろん田舎です。そして過疎化も進んでいます。ただ、限界集落と言われるほど田舎でもありません。約300人といえどそれなりの人が住んでいます。逃げ場もなく、息詰まる人間関係という訳でもないと思います。

 確かに集落内では、移動販売の車が来たり古くからの雑貨店があるぐらいで、生活必需品を揃えることも難しいです。しかし、車さえあれば五條市に行くことができます。五條市に行けば、イオン五條店があります(ちなみにイオンモールでないところには留意が必要です)。まあ、贅沢さえ言わなければ、大体のものは揃う訳です。

 さらに、五條駅から奈良駅までは、JR西日本で1時間。隣の橋本市にある橋本駅からなら大阪の難波まで南海電鉄で50分、橿原市まで出れば、近鉄にアクセスすることもできます。毎日都会に通勤するのは確かにキツイですが、週末に遊びに行くぐらいなら苦にならないのではないかと思います。

 つまり、富貴はほどほどに、程良く便利な田舎なのです。それなのに、十分な自然を体験することができます。深い森、小川の流れ、田んぼに蛙、刈り取られた稲わらの香り、道端に咲く花々。それらは、都会では決して体験することのできない経験です。こんな豊かな環境で、子供を育ててみたいとは思わないでしょうか? 自然の中での冒険は少年を強くしてくれますし、少女なら花の首飾りを作ってみたいと夢見るはずです。それらは大人になるには欠かせない、神話的イニシエーションとさえ言えることでしょう。

 そういう訳で、高野町では富貴への移住者を募っているようです。現在、移住者は5世帯ほどいらっしゃるようで、移住者の家庭には子供が産まれ、小学校が再会されたりもしています。ゲストハウスなどを経営されているのも移住者のようで、古い小学校の校舎をリノベーションして、フキシネマというイベントスペースのようなもの運営されている方もいらっしゃいます。

 移住者の方は、地域の行事などにも積極的に参加されているようで、元々の住民の方からも快く受け入れられています。そこには、地域社会に馴染もうとする移住者の努力もあるのだと思いますが、宿場町という、他所の方を受け入れることを生業としていた富貴の人々の持つ気質も影響していると感じました。富貴の方と話をすると、他の田舎の集落にありがちな閉鎖性はまるで感じず、みんな明るくフレンドリーな印象を受けます。先に話した小学生の子供達に対しても、集落の人達みんなで見守っているような印象を感じました。

 移住する上で重要であろう公共サービスは、高野町役場の支所、郵便局、診療所、派出所などがあります。300人程度の人口に派出所があるのは大きいなと思いました。

富貴の気

 富貴を散策していて一番魅力を感じるところは、集落に満ちる『土地の気』です。別に僕は気が見えるとか、オーラが分かるとかいう人間ではないのです。そう言う能力は全くないですし、お化けだって信じないタイプの人間です。しかしながら、富貴を散策していると、なんだか土地の持つ気のようなものを感じます。心地良い土地の気が、体に染み込んでくるような感覚を感じるのです。それは、大らかで、澄んでいて、柔らかな輪郭を待ち、山間を吹き抜ける乾いた風のようでもあります。そして、富貴に存在するあらゆる良いことは、この土地の良い気がもたらしているようにすら感じられるのです。

 富貴の良いところは色々あります。ただ、多くを説明する必要はないのかも知れません。一度訪れてみて、体験してみてほしいのです。そして、再び人々の集まる様子を眺めてみたいのです。そこには、未来の想い出を見るような、不思議な世界があるはずですから。

 それから、これだけは忘れずに伝えておきたいのですが、富貴には『空飛ぶパンがま・Fuki』という素晴らしいパン屋さんがあります。僕が富貴をうかがうキッカケになったお店です。このお店にパンを買いに行ったら、富貴って集落自体に魅力を感じてしまったんですよね。どのパンも素晴らしいですが、ここの食パンは、噛めば噛むほど小麦の美味しさが溢れ出て、僕が今まで食べた食パンの中でも一番です。まるで、小麦の穂先に降り注いだ、太陽の陽射しを噛み締めたような味わいを感じます。

 週に一度ぐらいしか開店しませんが、タイミングを合わせてわざわざ行ってみるだけの価値はあります。

 それではみなさま、富貴へようこそ。

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