やさしく学ぶヨガの心理学を読んで

レビュー

 今回は「やさしく学ぶヨガの心理学」という本をレビューしたいと思います。まず最初に断っておきますが、僕は著者の岡本直人さんと少しだけ面識があります。この本を読む切っ掛けも、興味深い活動をしている知り合いの考えを、もっと知っておきたいと思ったからです。

 本題に入る前に岡本直人さんに触れておくと、Juana Yogaというホームページを運営されていて、ヨガやヨガ哲学の講師をされています。YouTubeでもチャンネルを開設されており、そちらの方では精神世界の話題を中心に多岐にわたる人々と忌憚のない意見をぶつけ合っておられます。僕が感じた個人的岡本さんに対する印象は、誰に対しても学ぼうとする気持ちを忘れない、実直な人物ってところです。

 そういう訳で、面識のある知り合いだからといって忖度は一切なしで、批判するべきところは批判するつもりだったのですが、読み終えた結果は内容に納得してしまって「良い本だったな」という感想があるばかりです。ステマか提灯記事みたいな内容になってしまうかも知れないですが、そう感じてしまったのだから仕方ないです。

ヨガ心理学という幸福論

 詳しい内容は、この記事の最後にリンクを貼っておきますので、そこから本を購入して読んでいただくとして、僕が感じた全体的な印象は『ヨガ心理学という魔法の杖を使った幸福論』というものでした。ただし、この本によってもたらされる幸福は、西洋的な価値観とは全く違っていると言えます。それは、素敵な恋人と出会うとか、お金持ちになるとか、社会的地位を得るといったものではありません。何かを獲得し、今の自分に付け足す必要はないのです。だからこそ、この本を読んで内容を理解するだけで、あなたは幸せになることができるのです。

 やさしく学ぶと断られていても、心理学という以上学術的でどうせ難しいんだろうと心配する人もいるかと思います。しかし、本書は対話形式で書かれていて、スラスラ読んでいくことできます。専門的な用語も出てくることは出てきますが、この本を手に取ろうと迷える程度に精神世界に興味がある人なら、辞書を引く必要もありません。

 まず、ヨガ心理学と西洋心理学の三つの違いが語られ、それがそのままヨガ心理学の主題になっていきます。簡単に書いておくと、一つ目は、輪廻を想定すること。二つ目は、人生の幸福を0地点に置くこと。三つ目は、愛や慈悲と言った高次の精神活動に結び付くといったところです。後半はそれらに対するより踏み込んだ説明が続きます。

輪廻を想定すること

 一つ目の輪廻を想定すると言う部分に関してだけでも、とても読者の人生を豊かにしてくれる内容です。あなたの人生が使い捨ての割り箸から、銀食器に変わります。まあ、もちろん比喩ですが、読んでもらえれば僕の言いたいことが直ぐに理解できると思います。

幸福を0地点に置く

 二つ目の人生の幸福を0地点に置くという部分ですが、個人的にはこの部分に一番興奮しました。相対的価値に拘らず、それらに依存しないゼロベースで生きるという部分が、以前このブログで書いた『一瞬で幸せになる方法』と同じことを言ってるなって感じました。まあ、僕が感じているだけで岡本さんから「そんなしょうもないことじゃない!」って言われてしまうかも知れないですけどね。

 ただ、ほぼ同じことを言っていると仮定するなら、だからこそ違う方向から見た視差のような違いがあります。その視差を埋めようとすることでより理解が深まるかも知れません。やさしく学ぶヨガ心理学を読んだ後は、僕のブログ記事も良ければ目を通してみてください。

神性原理と結び付く

 三つ目の愛や慈悲といった高次の精神活動と結び付くという部分に関しては、高級自我とか低級自我だとか、ノンデュアリティーの人が「分離だ〜!」と癇癪を起こしそうな言葉が現れます。ただ、これに関しても良い悪いのような二元的思考はゼロベースの部分で否定されているので、富士山の裾野と山頂のような、状態の違いを指し示しているに過ぎないと思って下さい。

 この部分に関しては堅苦しい道徳的な教えに感じる人も多いと思いますが、僕は魂の進化論だと感じました。生物学とかを勉強している人からは、ピカチューの進化みたいな使い方で『進化』って言葉を使うなって怒られそうですが、僕は生物学寄りの意味で使っているつもりです。

ハートを開くを僕なりに考える

 そして、自我が高級自我へ移行していくために神性原理と結び付くことを、岡本さんは『ハートを開く』という言葉で説明しています。そこから僕なりに連想して、よく似た話を知っているのでここに書いておきます。もちろん岡本さんの伝えたいことからは見当違いの内容かも知れませんが、面白い内容なので参考までに読んで下さい。

 このブログでも何度か取り上げたことのある比較神話学者のジョーゼフ・キャンベル先生が書籍に書いていたことですが、人間には7つのチャクラがあり、一番下から頭頂まで順に霊性が高まっていくと書いてありました。そして、とりわけ重要なのがアナーハタと呼ばれるチャクラが目覚めることであるとも仰っていました。それより下にある3つのチャクラは下から順に食欲、性欲、権力欲を司っているのであり、それは動物的な欲求であり、アナーハタのチャクラが目覚めることで、人間は初めて動物を超え霊性を持つ存在として生まれ出るというのです。そして、そのアナーハタというチャクラは心臓の近くに存在し,別名『ハートのチャクラ』とも呼ばれるそうです。

 ちなみにチャクラは古代インドの思想と西洋から入ってきた解剖学の知識が組み合わされた最近できたアイデアであり、それが実在すると言いたいのではなく、あくまでも人間の霊性を理解するための助けになる地図のようなイメージで扱っていると、キャンベル先生は仰っていました。

ハートのチャクラに関する神話

 キャンベル先生は比較神話学者なので、違う文化圏の類型的神話や沢山のイメージを集めてくれていましたが、すいません大部分忘れてしまいました。覚えているところだけ書くと、一つはエジプトの死者の審判に関する神話です。エジプトの神話では、死後、死者は心臓を天秤の皿の片方に置かれ、もう片方の皿には『真実の羽根』と呼ばれるマアトの羽根が置かれます。死者の心臓と羽根の重さが釣り合った時は死者はアルルといわれる楽園で復活することができ、天秤が釣り合わず心臓の方が重かった場合は、その心臓はアメミットという怪物に食われ復活することはできなくなります。

 まあ、なかなかの無理ゲーだと思うのですが、キャンベル先生はこの神話が『ハートのチャクラ』が開いているかどうかを審判するものであると言っていました。ハートのチャクラが開いて、霊性に目覚めているかどうかを計られるのです。

 もう一つは、このブログの『私はいない』というけれど、天上天下唯我独尊という記事でも紹介した、お釈迦さまの誕生神話です。お母様の右脇から産まれ、七歩歩いて天上天下唯我独尊と言ったと伝えられる神話です。その記事の中で、僕はそれは明らかに史実ではないと言いました。そして、伝説が史実より価値を持つとも言っています。それでは、この神話はどのような価値を持つのでしょうか。これに関してもキャンベル先生は言及しています。これは肉体の誕生の記録ではなく、お釈迦さまが霊的存在として二度目の誕生をしたことを伝えているのだと言っています。右腋から生まれたことは、その近くにあるハートのチャクラが目覚め、霊的な存在として生まれたことを象徴しているというのです。根拠はキャンベル先生が言ったからということですが、僕もそう思います。ハートのチャクラが開くことが、人間の霊性にとってどれほど重要であるのかを伝えるエピソードだと思います。

疑問点というか、優しさというか。

 この本に批判的な要素は感じませんでしたが、疑問点は一つだけ感じました。それは『悟り』という言葉が出てこないところです。真我などという言葉が出てくるのに、おまけにヨガの本なのに、『悟り』という言葉が出てきた記憶がない。意図的に、あえて触れないようにしている気さえする。どうしてなんだろうと疑問に感じましたが、内容的には、無理に『悟り』に触れる必然性はないし、触れなくてもヨガ心理学は十分に人を幸福にできる。それなら、無駄に手垢に塗れた『悟り』という言葉を使って、読者への負担と抵抗感を増やすより、いっそ触れないほうが優しい選択なのかなとも思いました。もしかしたら、とにかく一人でも多くの人を、できるだけ幸せにしたいっていう岡本さんの優しさなのかも知れません。

読後の総括

 話が逸れてしまったかも知れませんが、ここら辺で総括としての感じたことを書いておくと、この本一冊に岡本さんの言いたいことは無駄なく詰め込まれてるなって感じました。この本一冊を十分に理解し納得すれば、今までの思い込みを手放し、新しい形の幸福を手に入れることができるだろうと思います。他に何かが必要だとも思わないです。東洋の思想に興味のある人、西洋的幸福の押し付けに疲れた人、本当の幸福を見付けたい人には、特にお勧めの一冊になります。

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