『PERFECT DAYS』と禅

レビュー

 名匠、ヴィム・ヴェンダース監督が日本の東京を舞台に、役所広司演じる平山の日常を描いた作品です。今回はネタバレをほぼ含みませんので、映画を観ていない方も安心して読み進んで頂いて結構です。

日々を丁寧に生きる

 映画はモノクロのマダラ模様から始まります。それが、木の梢を下から見上げた写真であることがギリギリ判別できる程度の解像度です。後に、これは平山がポケットに入れて持ち歩いているフイルムカメラで撮っている写真であることが分かります。平山は何年にも渡って梢から差し込む木漏れ日の写真を撮り続けているのです。

 映画は、とてもゆっくりと、ただしとても丁寧に平山の日常を映し出していきます。木造モルタル造りのアパート、地下街の居酒屋、職場としての公衆トイレ、コインランドリー、銭湯……。それらの日常が何度も何度も繰り返し映し出されます。まったく同じように思えるカットが、何度もスクリーンに現れます。そして、その同じカットが、その度にとても丁寧に映し出されているのです。この辺の描写は、エンターテイメント映画に慣れている人には少し冗長に感じられるかも知れません。

 ただ、この一見同じように見える繰り返しを、とても丁寧に扱うということがこの作品の一貫したテーマにもなっています。観終わった後には、無駄なシーンは一つもなかったと感じるはずです。

 一見同じように見える毎日を、平山はとても丁寧に、そして大切に生きていきます。平山は時々子供のように笑います。彼は子供のような感性を持っています。彼の視点から見れば、在り来たりの平凡な毎日は、多くの変化に満ちています。それはひとえに、平山という人物が、自分の日常を、単に同じことの繰り返しとやり過ごさず、一瞬一瞬を大切に生きているからということに尽きます。

 職場の若い同僚のタカシが、「平山さんは、何でそんなに仕事できるんすかぁ?」と聞きます。無口な平山は一切答えませんが、その答えはここにあります。平山は、同じことの繰り返しとせず、常に新しい気持ちで日常に向き合っているからです。だからこそ、平山は仕事のできる人なのです。だからこそ、壁の隙間に挟まれた紙切れの存在に気付くことができるのです。だからこそ、『Thank you』という素敵な気持ちを生み出すことができるのです。

綴られる一期一会

 この映画は、その最も深い部分に、人間讃歌としての一期一会の思想がテーマとして隠されていると感じます。一期一会とはもともと茶道の言葉で、この機会は二度と訪れることのない、これっきりの機会なのだから大切にしようという意味です。平山がニコに言ったように、「今度は今度、今は今」なのです。この思想はおそらく仏教の無常の思想と相性が良いからか、いまでは禅の教えとして広く知られています。そう思って観れば、平山の日常は禅寺の僧侶の生活のようにも見えてくるのです。

 映画は、この一期一会の思想を含んだまま、エンディングへと進んでいきます。一期一会の思想は、繰り返される日常の中に、ほんのささやかな変化を運んできます。

 映画の中で、毎日のローテーションとして繰り返されるシーンの数々は、一見同じように見えても、ほんの少しずつ変化しています。良く見てみれば、決して同じではないのです。そして、平山はその一瞬一瞬をとても大切なものとして丁寧に生き、ヴィム・ヴェンダース監督はとても大切なのとして丁寧に映し出すのです。

 作品のメッセージがというのではなく、この映画という作品自体が、禅的な思想に基づいて作られているのだなとすら感じます。そして、その一期一会の思想は、クライマックスに向かって、壮大な人間讃歌を奏で始めるのです。

 とても素晴らしい映画でした。ここから先は、ぜひ映画を観てみて、ご自身で感じ取って頂きたいです。エンドロールが終わった後には、平山が何故梢の写真を撮り続けるのかが理解できているはずです。

 それから、映像のことばかりに触れてきましたが、音楽と、その使い方も素晴らしかったです。確かに、いわゆるエンターテイメント作品ではなく、アート作品と言って良いものだと思います。そういった作品をあまり観ない人には、お勧めしにくい所もあります。しかし、そうだとしても、すべての人にぜひ観て欲しいと思える映画ではありました。

 映画を観終わった後,少しばかり退屈だった平山の世界を、もう一度訪れたいと感じている自分が居ることに気付きます。

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